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2008/12
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大掃除♪
こんにちは

年末の大掃除はお済みでしょうか?
HANDSでも年末には全員総出でしました!!

窓を拭いたり、いらないものを捨てたり、家具の配置を換えたり。。。
他にもいろいろ事務所を磨き上げました★

事務局長も自ら。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。↘↘↘

年末大掃除

気持ちよく新年を迎えられたらと思います♪

かど
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★クリスマス★
皆様、こんにちは。

今日はクリスマスですね★
いかがお過ごしでしょうか。

HANDSではお昼に皆で集まり、ちょっとしたクリスマス食事会をしました。
それでは、その様子をグルっと一回り!!
X'mas1 X'mas2

X'mas3 X'mas4

その際に、先日HANDSスタッフが実習をしてきた「上総掘り」のビデオ鑑賞会
を開きました!!
皆さんご存じでしょうか?「上総掘り」を。。。

「上総掘り」とは?

上総掘り

このように、鉄管と竹ひごをつなぎ、人力で(地面に一切もぐらず)地面を突く井戸掘り手法で、近代的な井戸掘りが普及するまでは全国でも広く使われていたもの、だそうです。

この手法で昔の職人さんたちはなんとっ!!寝ずに3日間で百メートル
程度は彫れたそうです。驚きですね~。

機械を入れることが難しい途上国では、今、この「上総掘り」が注目を集めているのです。
このような日本の技術が、多くの途上国で活かされることはとっても素晴らしいことですね♪
また、これは余談ですが、人が入れない大きさの細い井戸なので、
『いろんな意味で』とても安全のようです。ここもその魅力のひとつですねっ。

HANDSは直接事業としては関わっていませんが、、、これから!?!?
ブラジル、マニコレでも井戸を掘りましょうか???
という訳で、今回実習に行かれたスタッフが職人として派遣される日も近いかもしれません♪

では、皆さま素敵なクリスマスをお過ごしください。
そして、どうか良いお年をお迎えください。

かど
打ち上げ~!!
こんばんは★

先日、やっと(?)HANDS母子手帳国際会議の打ち上げが行われました。
もう既に1か月前のことなんですね。
皆さま、本当にお疲れ様でした。

美味しいお肉を焼きながらワイワイ楽しいひと時でした。
でも、やっぱり何といっても美味しいお酒↓↓↓「マッコリ」がこの晩一番の主役でした。

黒豆マッコリ♪

これは「黒豆マッコリ」…
そして、その後に「お焦げマッコリ」…を注文。
みんなそれぞれが心地よーい感じになり、会話もはずむはずむ、かなり盛り上がってました。

それでも一部(?)のHANDSスタッフにとっては、これでは足りませーんっ!!
次に何を注文しようかぁ、と話し合っていたその時っ

あるスタッフが「じゃあ、黒焦げマッコリ!!」と、、、

一瞬
。。。。。。。。。。。。。。。。。

そして大爆笑\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/~

皆さん、分かりましたか?

間違いに気づいたご本人も、さすがに大笑い。
けど、みんなの期待に応えて(?)そのまま店員さんに注文っ(゜o゜)!!

さすがです。

店員さん、困惑。
「黒豆ですか?」 or 「お焦げですか?」
と聞き返されましたが、

そこでHANDSスタッフが引き下がるはずがありませんね。

「じゃあ、より黒焦げに近い方を~」
と真顔でさらに続けますから(笑)

もうこの時点で私のお腹は痛い痛い!(^^)!

結局、何が出てきたか?
それは皆さんの想像にお任せしますね。
とにかく楽しい楽しい会でした。

HANDSはこんなことをいつもやっている?
いやいや、そんなことは決してありません(念のために)
今回の打ち上げも一か月遅れでやっと実現したのですからっ。

こうしている間も東京事務所のスタッフは出張で、
実は今もホンジュラス、アンゴラ、エジプトなど世界中で働いてられるのです。

また、みんなが揃ったらワイワイ行きたいですねー。
新年会になりますでしょうか。
けど、それもいつになることやら。。。

今年もあと少し。
皆さんも是非、美味しいお酒とともに忘年会など楽しんでくさいね。

かど
今日のお仕事
みなさま、こんにちは。

すっかり寒くなりましたね、いかがお過ごしでしょうか?
東京は、暖かい日が数日ほど続いていたのですが、
またお天気は下り坂のよう?。。。外は雨の音がしています。。。

12月に入りHANDSでは今、2007年度事業報告書の発送準備をしています。
2007年度?と思われるかもしれませんが、実はこれが最新版。

何故かと申し上げますと、HANDSの年度は7月1日から翌年6月30日までなのです。
つまりやっと2007年度の報告書が11月に出来上がったばかり!!

2007年度事業報告書

HANDSの活動にご協力いただいた方、お世話になった方々への
発送準備に取り掛かっています。(軽く300部以上はあります^^;)
その前に、皆さまの住所の確認と。。。
重複がないかの確認と。。。あれも。。。これも。。。
もう少しかかりそうですが、気長にお待ちくださいね。

どうぞお楽しみに★

かど


「ブラジル新聞」記事第6回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす~格差社会に挑む日本人=第6回・終
=森林農業で経済安定へ=住民を〃環境の番人〃に

 HANDSは今年七月、パラー州のトメ・アスー移住地からアグロ・フロレスト
リー(森林農業)の日本人専門家を当地に呼び、コミュニティを巡回するセミナー
を実施した。地球環境基金(環境再生保全機構)からの助成を受けた。
 一見、保健衛生とは関係ないように思えるが、「住民がコミュニティを離れてしま
うと自然破壊が進むんです」と定森さんは真剣な表情で訴える。広大な市ゆえに南
部の方ではすでに不法な熱帯雨林の伐採が始まっており、コミュニティが消滅した
場所から不法伐採が始まる傾向がある。
 コミュニティが解体しないためには、経済的に安定することが重要だとHAND
Sは考えた。バナナ、マンジョッカだけに依存せず、多様性のある作物を自然の中
で栽培する工夫の一貫としてこの取り組みが始まった。
 「住民には〃森の番人〃として無謀な開発に目を光らせて欲しい」。定森さんは保
健衛生知識の普及ではなく、環境保全にも目を配る必要があると強調する。
 来年のプロジェクト終了を見越して、活動を引き継ぐ位置付けの団体IDEAS
(アマゾン持続的開発協会)を立ち上げた。環境に力を入れた活動になることを見
越した命名だ。
  ◎   ◎
 実は人間的出産セミナーの直前、生まれたばかりだった定森さんの二人目の赤ん
坊の容体が悪化し、定森さんは飛行機をチャーターして州都マナウスの病院に緊急
移送していた。手術の可能性があり、顔には出さないが、心の中では心配で仕方な
かったに違いない。
 セミナーの途中で、元研修員の三人が音頭を取って、定森さんと関係が強い遠隔
地コミュニティの地域保健員に前に出るように突然呼びかけると、会場の半分がご
っそり移動した。
 自ら参加を呼びかけていたとはいえ、遠隔地からこれほど駆けつけていたとは、
実は定森さん自身も想定していなかった。最後に定森さんが真ん中に呼ばれ、全員
が両手を上に上げ、真ん中にいる定森さんに向かって念を飛ばすような、祈るよう
な仕草をした。
 「子供の容体が良くなりますように」と全員で祈りが捧げられ、「アミーゴ・パラ・
センプレ」(永遠の友達)が大合唱された。
 不測の事態に、定森さんはこぼれる涙を手でぬぐいながら、言葉にならない様子
で感謝した。自分が支援していたはずの人たちから逆に励まされる、そんな瞬間だ
った。
 遠隔地の河民らは次々にマイクを持って「みんな貴方のことを愛している。子供
が良くなることを心底祈っている」などと言葉を贈り、アブラッソ(抱擁)をした。
 民衆からいかに頼りにされ、愛されているか、定森さんは実感したに違いない。
 二十八時間かかる一番遠いコミュニティからきた長老格の教師オジネイア・メイ
レーレスさんは、セミナーの締めくくりにマイクを握り、「HANDSはいつも我々
の側にたってものを考えてくれる。彼らが私たちに伝えてくれたことは本当に大切
なことだ。心から感謝したい」と総括し、神に祈りを捧げた。
 定森夫婦は懸命に介護したが二男は十一月二十日になくなった。河民たちの祈り
も届かなかった。これもまた、定森さんが解決に尽力している遠隔地ゆえの貧弱な
医療体制がもたらした悲劇の一つなのかもしれない。
  ◎   ◎
 ブラジルはキレイ事で済む世界ではない。最初は好きで関わっても嫌な面もたく
さん見ざるを得なくなる。格差社会ゆえの既得権者もいる。利害関係が複雑に絡み
合う中で、社会の底辺から物事を変えようとする運動には風当たりも強い。
 なぜそんなに伯国にこだわるのか。そんな問いかけに定森さんは、「正直言って今
は嫌な部分の方が多いぐらい。でも、中途半端に辞めたくない。IDEASが動く
のを見届ければ安心する」とつっぱる。相当な意地っ張りだ。
 定森さんは「グローバリゼーションの世の中で日本だけ幸せになることはありえ
ない。世界の困っている人に手を差し伸べる活動は今こそ重要です」と強調する。
 さらに米英独仏などに比べ、「日本の国際貢献におけるNGO活動はまだ弱い。例
えば国境無き医師団、MSHのようは国際的な発言力のあるNGOは日本にはない」
と語り、そのような団体を育てることの重要性を訴えた。(終わり、深沢正雪記者)
「ブラジル新聞」記事第5回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす=格差社会に挑む日本人=第5回
人間的出産セミナー=日本式助産の知恵を普及

 「エ・プレシーゾ・サビ・ビビェール!」(生き方を知る必要がある)。全員が立
ちあがり、手を叩きながら人間的出産のテーマ曲を合唱する。まるで自己啓発セミ
ナーか教会のミサのような賑やかさと活気にあふれている。アマゾナス州保健局と
JICAの共催だが、堅苦しいセミナーとはほど遠い。
 日本式の助産婦の保健知識、妊婦への心理的な支援方法を教える「第二回人間的
出産セミナー」が、十月三十~三十一日にマニコレ市立展示場での行われた時の様
子だ。
 二十八時間離れた遠隔地コミュニティの地域保健員まで参加し、二百人以上が出
産についての見識を深めた。
 従来は、民間伝承の助産婦しかいなかった。船で七時間かかるフェラ・プレッタ
で助産婦をするネイラ・クルス・オリベイラさん(34)は二十歳の時から助産婦
をし、すでに三十二人を取り上げたが、保健知識はなかった。「先輩を手伝っている
うちにやり方を覚えた」という。
 妊娠は病気でない。自然出産する妊婦を助けるのが助産婦の役割だ。伯国の都市
部ではすぐに帝王切開する医師が多い。
 このセミナーは、昨年本邦研修に行き、三カ月間、日本で助産婦のやり方を学ん
できた現役助産婦の伯人女性三人が企画した。JICAはフォローアップ事業とし
て、研修内容を広めるOBの企画を後押しする。
 マナウスの医療機関で働くマリア・グラシマ・フェクリ・ダ・ガマさん(41)、
ロゼリー・セルケイラ・リラさん(47)、サンドラ・カバウカンチ・シルバさん(4
9)の三人の研修成果がこのセミナーによって何百人にも共有される。
 第一回目は彼女たちが住むマナウスで約二百人を集めて行われた。今回がマニコ
レ、第三回はポルト・ベーリョで実施される。
 会場の後方には、彼女たちが買ってきた日本人形や、日本で撮った写真が飾られ、
参加者全員にきれいな箸が配られた。グラシマさんに聞くと、訪日中にすべて企画
購入したというから実に計画的だ。テーマ曲もわざわざセミナーのために作曲。伯
人同士だけに、セミナーを盛り上げ説明するポイントをよく踏まえた演出を考えて
いる。
 何が人間的(ウマニザソン)か。妊婦が苦しんで叫んでいても、「つくる時はさん
ざ楽しんだんだから、生む時は少しは我慢しなさい」などと助けないことが公立病
院ではままあるという。
 また、妊婦の子供が病室に母を訪ねることは一般的ではなかったが、セミナーで
は妊婦心理の安定性を重要視して積極的に進めるなど意識改革的な部分が大きい。
 またほとんど行われていなかったプレナタル(産前検診)の重要さも訴えられた。
 セントロの医療施設でコーディネーターをするマルガリタ・ベルナルドさんは「面
倒臭いと思って妊婦へ今まで詳しい説明をしなかったから、逆に余計な手間が生ま
れていたことが分かった。患者の話をよく聞き、よく説明する寛容さを持つことの
重要性がよく分かった」という。
 フェラ・プレッタから来たアナ・ルシア・フルタード・サントスさん(30)は
「ここで学んだことを持って帰って、みんなに伝える」という。「保健衛生知識が向
上した。昔はすぐに投薬していたが、今では予防に力をいれるようになった」とH
ANDSの活動も高く評価している。
 グラシマさんは「せいぜい五十人ぐらいの参加者かとおもったら二百人も集まっ
てくれた。他の市にもこの運動を広げなくては」と意気込んだ。
 フランシスコ会修道女として三年前から派遣されている、マニコレ唯一の日系人
カナシロ・マリア・サチコさん(64、二世)は「ここの市民の現実は、色々な意
味で足りないことばかり。そんな中で定森はHANDSを通して、必要な知識を与
える良い取り組みをしている」と語った。
(続く、深沢正雪記者)
「ブラジル新聞」記事第4回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす=格差社会に挑む日本人
=第4回=電線が文明とのへその緒=毎月船で巡回保健指導に

 「ボン・ジーア!」。子供たちは好奇心丸出しの表情で一行を迎え、一斉にあいさ
つする。HANDS職員らが口内の模型を使って、歯ブラシの使い方を教える。
 イガラペジーニョ生まれのジョアキン・カバウカンテ・ダ・シルバ校長(31)
によれば、ここには五十六家族、三百二人が住んでいる。生徒数は百六人、その大
半が集まってきている。
 市遠隔地教育局の教師グラージス・シダーデ・テリスさん(38)は、一人芝居
のように大げさな動作で「土に落ちている果物は洗ってから食べる」「食事の前には
手を洗う」「トイレの後には手を洗う」「食べたら必ず歯を磨く」と何度も唱和させ
る。
 都会では当たり前のことでも、そうでない世界に河民は生きている。
 職員のジルソンさんは寄生虫の予防について、子供たちに説明する。井戸水やわ
き水、川の水はそのまま飲むと危ないから、親にイポクロリットを入れて殺菌して
から飲むように伝えて、と子供たちにいう。
 ここはセントロから七キロしか離れていないが、遠隔地コミュニティと同じ生活
パターンだという。セントロまでの道路が最近通じたが、自動車がない。歩けば片
道一時間二十分かかる。セントロから近いので先生は毎日船で通っている。
 校長によれば、セントロから電線が〇四年に敷設され、「それまではランプ生活、
テレビもなかった」という。
 人一人やっと通れる土道沿いに、文明とのへその緒のように電線が伸びている。
約五十メートルおきに高床式の木造民家が建ち、テレビの音声が聞こえてくる。
 案内したHANDS職員のエメルソン・ボルゲスさんは真剣な表情で、「手前の家
はテレビもはっきり映るが、先に行くほど電気が弱くなって一番先だと扇風機も回
らない」という。
 どこの民家も十メールほど離れた所に草葺の小屋がたっている。トイレだ。エメ
ルソンさんによれば、最近まで付近の草むらで用を足すのが普通で、伝染病などの
観点からトイレを作るように指導した成果だという。
   ◎   ◎
 まかない婦が作った昼食を立ったまま船中で食べ、次のコミュニティへ向かう。
セントロをはさんで一時間ほど反対方向にあるサンタ・リッタだ。やはり教会を中
心とした四点セットがある。
 子供たち五十人ほどが集まって、講堂で椅子に座っている。同じ保健衛生の話を
する。
 地域保健員のアントニオ・プラド・アルファイアさん(64)は「こうやって説
明してくれると、住民の意識が変わる。ここでは寄生虫がひどかったが相当改善し
た」とHANDSの活動を高く評価する。「あとハンセン病患者がけっこういるから、
それについても調査して欲しい」。
 帰路、船の中で全員が集まって反省会。こんなに献身的かつ真面目に取り組んで
いるグループがあること自体が、驚きに値するような真剣さだ。
 HANDSではこのような一日に二カ所程度のコミュニティの学校をまわる船の
巡回指導を、毎月十日間から二週間程度行っている。今月下流に行けば、次の月は
上流という具合に巡回する。みなの役に立っているとはいえ大変な仕事だ。
 電話がない遠隔地コミュニティで病人が出た時、医師や専門家の相談を受けたい
という要望を受け、昨年HANDSは二十九のコミュニティに無線機を配った。朝
夕一時間ずつ時間を決めて、地域保健員が健康相談などの無線交信をする。
 ところが、肝心のマニコレの病院は無線に返答をしてくれない。ジルソンさんは
「ただでさえ煩雑な業務が、さらに増えるのを嫌ってのことではないか」という。
「それでも、僕らが相談を受けて対応している。重病の時は医者を呼んで直接話を
してもらう」。
 地域保健員と医療機関との連携強化は必要だと誰もが思っていても、意識変革に
は時間が必要だ。(続く、深沢正雪記者)
「ブラジル新聞」記事第3回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす~格差社会に挑む日本人
=第3回=市長が匙を投げる教育=巡回授業で保健指導を

 「こんなに広い面積で州から下りる市予算はわずか。市民の保健、教育を完璧に
やることは不可能だ」。再選を決めたばかりのエメルソン・ペドラッサ・デ・フラン
サ市長は、十月二十九日に共にした昼食で眉をしかめてそう言った。
 地元自治体すらお手あげの場所で、教育局と保健局と提携しながら、定森さんは
「アマゾン遠隔地学校における健康作りプロジェクト」を〇七年九月から進めてい
る。
 今回は第二段階で、第一段階としては「アマゾン地域保険強化プログラム」(〇三
年十月~〇六年三月)も実施した。共にJICAブラジル事務所の支援を受けてい
る。
 第一段階では地域保健員への教育を行った。これは連邦政府の制度で、地域ごと
に一人指定し、保健衛生などの指導をする有給の役職だ。ここでは五百六十二レア
ルが月々支払われている。
 地元関係者によれば、本来は各コミュニティが自主的に人選するはずだが、現実
には、衛生知識あるなしに関係なく市議らが指名する形になっていることが多く、
役割が果たせていなかった。
 かつて五年間、地域保健員をした経験のあるジルソンさんは「HANDSが活動
を始めるまで、保健員はなにもしてないも同然だった」と振り返る。「血圧計、体温
計、体重計すらなかったし、使い方も知らなかった。基礎的な保健知識もみんな持
っていなかった」。
 立派な制度があってもしっかり運用されてないから、問題がいつまでも続くこと
はよく見られる。学校があっても先生がいない、地域保健員がいても知識がない。
そんな現実に対し、HANDSの活動は既存の制度に実体を与え、関係する機関の
連携を密にすることで問題解決への糸口を見出してきた。
  ◎   ◎
 マニコレから船で十時間ほど離れたボン・キ・ドイというコミュニティで地域保
健員をするオリヴァウド・バイマさん(49)は「我々の地域はマラリアがひどい。
HANDSのおかげでだいぶ減った。衛生の知識がとても役に立っている」と感謝
する。
 このコミュニティの名前は、あまりに医者のいる町から遠いゆえに、「痛くなると
良い」という皮肉を込めて付けられた名前だという。それだけ病気には苦労してき
ている場所だ。
 これら河沿いの遠隔地コミュニティは約二百八十もあるが、それぞれが孤立して
いる訳ではない。隣接していても宗教などの理由で別々の集団として数えていると
ころが半数近くあるという。
 そこに小学校は百二十五校あるので、大方のコミュニティには小学校まではある。
そこを巡回して、保健衛生指導の授業をしてまわるのが第二段のプロジェクトだ。
 うち九十一校には教師は一人しかいない。二~三人が十六校。定森さんは「とて
も過酷な勤務環境です」と同情する。月に一回、セントロに給与を受け取りに来て、
しばらくコミュニティに帰らない教師もいるという。
 十月三十日午前、HANDSの船で一時間ほど離れたイガラペジーニョを、巡回
指導員の一団と共に訪れた。
 雨期になると水位が十メートぐらい上がるので、崖のような斜面を登って広場に
到着。興味深いことにたいていのコミュニティには、広場に川面から見える尖塔を
持つ教会、その横にコミュニティセンターという名の講堂、小学校、そしてブラジ
ルらしくサッカー場の四点セットを備えている。
 この中央広場から川沿いに左右に道が延び、そこに木造の高床式になった家々が
並ぶ。(続く、深沢正雪記者)
「ブラジル新聞」記事第2回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす=格差社会に挑む日本人
=第2回=陸の孤島マニコレ=遠隔地は半自給自足で

 週に三便しか飛ばない十八人乗りプロペラ機で一時間ほど行くと、樹海の真っ只
中に忽然とマニコレ市が現れた。アマゾナス州都マナウス市から南に三百三十三キ
ロ近く、船なら二晩かかる。もちろん、道路はない。
 市といっても面積はオランダ国とほぼ同じ、日本なら九州ぐらいの広さがある。
セントロという市街地に二万一千人、マデイラ川沿いの約二百八十のコミュニティ
などに計二万五千人が住んでいる。計四万六千人の人口だが、州内の六十二自治体
の中で六位だというので、実は大きい方だ。
 中心街(セントロ)といっても道路に信号もない、エレベーター、エスカレータ
ーもない、二階建ての建物も市役所以外はほとんどない。道行く人の大半は徒歩か
自転車で、まるで申し合わせたかのようにサンダル履きだ。百五十CC程度の小型
バイクも走っているが自家用車は実に少ない。
 川沿いにあるコミュニティの多くは十~六十家族しか住んでいない。彼らのこと
を、ここでは河民(リベリーノ)と表記する。もちろん、道路もない、電話もない、
医者もいない。文明からは遠く離れた場所にある。
  ◎   ◎
 セントロから船で六時間離れたジェニパポ2というコミュニティで生まれ育った
二十歳、マリア・デ・ジェズスさんは「コミュニティはおいしい魚がいっぱい、浜
辺もあるし、ゆっくりした生活がおくれる」という。半自給自足の生活をしている
人が今もかなりいるという。
 電気は午後五時から十一時ぐらいまで。百人ぐらい住み、「たいていの家にはテレ
ビがある」が発電する時間にしか見られない。「冷蔵庫がある家もある。でも、昼間
はできるだけ開けないようにしている」。電話はあるが携帯は通じない。
 唯一の交通機関は船。週二~三回ずつ上り、下りがある。若い人はどんどん都会
に出たがる傾向があるが、「それ以上に赤ん坊が生まれているからコミュニティの人
数は増えてるわ」という。
 住めば都。テレビのノベーラのような生活をしてみたいと思わないかと尋ねると、
「私は静かな生活の方が良い」と静かに否定した。
 同じコミュニティ出身で親戚にあたり、三年前に定森さんに誘われてHANDS
(ハンズ)職員になったジルソン・カルヴァーリョ・ロドリゲスさん(34)によ
れば「月に二回、レガトン(船)がまわってきて、そこで食糧を買う。値段は町よ
りかなり高いが、ここまで来る交通費を考えると、搾取されているとは思うがしか
たない」。河民の大半は「マニコレに出てくるのは年に一回、九月のフェスタの時だ
け」という生活だ。
 九月には、町の守護神ノッサ・セニョーラ・ドス・ドーレスの名を冠したカトリ
ック教会で、地域最大の祭りが行われる。衣料品の出店がたくさんでて、それを目
当てに服を買いに来るのだ。
 魚は潤沢にとれても、町に出荷するのは遠い。商品作物といえばバナナかマンジ
ョッカが中心。イガラペジーニョというコミュニティで聞いたら、「一週間かかって
作ったファリンニャが、一袋六十レアルで買いたたかれる」という。
 市民一人当たりのGDPは、伯国全体で三千三百二十六ドルなのに対し、ここで
は七百五十二ドルしかない。現金収入は貴重だ。(続く、深沢正雪記者)
「ブラジル新聞」記事第1回
以下
=有料メールマガジン「ブラジル新聞」=
発行日:毎週月曜から金曜(日本時間の火曜~土曜)週5回、日本語
発行責任者 :ニッケイ新聞社:Editora Jornalistica Uniao Nikkey Ltda.
より抜粋

■アマゾン=河民の生活向上に尽くす~格差社会に挑む日本人
=連載〈第1回〉=子供を階段から蹴落とす=貧乏旅行でのぞいた現実

 彼ほど庶民階級のブラジル人に親身になって尽くしてきた人は少ない。定森徹さ
ん(40、千葉県出身)は移民ではない。だが、大学卒業以来、十七年を伯国で過
ごしている変り種だ。聖市ではモンチ・アズールのファベーラ、セアラ州、そして
現在はアマゾナス州マニコレ市に住み、JICAブラジル事務所の支援で、遠隔地
住民の生活向上に尽くすプロジェクトを進めている。一貫して庶民の生活向上に関
わるボランティア活動を行う定森さんの軌跡を追った。(深沢正雪記者)

 国際ボランティア活動に足を踏み入れたきっかけは、学生時代に中南米を放浪し
て感じた格差社会の現実だった。
 八九年、大学三年生の時、メキシコから貧乏旅行でアルゼンチンまで下った。ブ
エノス・アイレスのレストランで、Tボーンステーキを食べていた定森さんのテー
ブルに、路上生活している子供が近寄り「骨をくれ」と頼んだ。
 「いいよ」と渡したとたん、店員が飛んできて子供を店から引きずり出して、入
り口の階段から蹴り落とした。
 「犬にもやらないこと」と定森さんは唖然とし、強烈なショックを受けた。「なん
でこんなことが起きるのか」。日本とは全く違う現実が目の前に展開された。「貧困
についてもっと知らなければ」と考え込んだ。
 九二年、日伯交流協会の研修生として来伯。約一年間、サンベルナルド・ド・カ
ンポ市へ派遣された。「一年ぐらいファベーラで活動してみたいと思ったのが運の尽
き」と笑う。スラム街住人が家を作ろうと、レンガを一個一個積んでいるのを手伝
った。その時、聖市郊外のモンチ・アズールでボランティア活動していた小貫大輔
さんと知り合い、人生が大きく変わっていく。
 翌九三年三月に研修期間を終えて帰国したが、郵政省の国際ボランティア貯金に
出していたプロジェクトが通り、七月には伯国に舞い戻った。以来、一貫して当地
を舞台に社会活動をしてきた。
 聖市近郊のファベーラに診療所や保育園を作った。一般大衆にその危険性や予防
知識が十分に知られていなかったエイズの啓蒙キャンペーンを繰り広げ、九七年に
はエイズ孤児院も建設した。
 その後、セアラ州に場所を移し、人間的出産方法を広める「ブラジル家族計画母
子保健プロジェクト」の調整員として〇一年まで四年間を過ごした。その後、再び
聖市に戻り、エイズ患者の子供向けの保育園を作る手伝いもした。「父兄が患者同士
の方がやはり話しやすい」。ようやくエイズ治療薬が普及し、以前に比べエイズ孤児
が減るなどの変化が起きていた。
 〇一年、プロジェクトが一段落し、たまたま一時帰国した時、現在所属している
日本のNGO団体HANSからマニコレの話が回ってきた。病気の予防や健康相談
をするアジェンチ・コミュニターリオ・デ・サウーデ(地域保健員)への知識啓蒙、
訓練をするプロジェクトを始めた。
 定森さんは「半径二百キロ以内には日本人は僕だけです」と笑う。大半の町に日
系人が住む聖州などとは、同じブラジルでもまったく異なる様相だ。日系人は一人、
聖市から赴任したカトリックの修道女がいるのみだ。
 そんな中で定森さんはHANSブラジル事務所のプロジェクトマネージャーとし
て四人の現地スタッフを引き連れて孤軍奮闘、四年前には同町の伯人女性と結婚し、
二子にも恵まれた。(つづく)※今連載の取材はJICAブラジル事務所の協力によ
るもの。
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特定非営利活動法人HANDS(Health and Development Service)

Author:特定非営利活動法人HANDS(Health and Development Service)
HANDSは国際的な保健医療協力を通して世界の人びとが自らの健康を守ることができる社会の実現を目指す特定非営利活動法人(NPO法人)として設立されました(2001年3月2日法人格取得)。活動詳細はHANDSホームページをご覧下さい。

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